メモリアル

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警告

このページには飼養管理を行う上で不適切な記述があるかもしれません。飼養管理の参考にはしないで下さい。

はっきり行ってチョコを迎えるまでの私は鳥飼いとして失格です。それどころか断罪されてもまったく反論できません。結局、茶亜の死でそれまでの考え方を改めるにいたったわけですが、正直言って

これまでのコ達を紹介する=自分のアホさ加減を暴露する

ことであり、躊躇する部分もありました。しかし、彼らが間違いなくこの世に生きたという証として、紹介することにしました。

懺悔

05/02/14

私は鳥と暮らす上で次のように考えています。

愛情にあふれた全ての生活は断罪されるべきものではないが、
どのような生活も批判されるべきものである。
			

しかし、茶亜が落鳥するまでは前半部分を都合のいいように使っていたように思います。批判は聞くけれども、結局は一般的にはいけないと言われていることも「鳥の生態はまだわかっていない部分が多いから、うちはうちのやり方で」と言った感じで接していました。

暴露すると、今にして思えばかなりメチャクチャなものだといえます。放鳥は一日中、猛毒と言われているチョコレートは食べ放題、朝の日課はココアスプーン一杯などなどです。批判をかわすために私は「自由な生活をさせたほうが精神的にも充実し、結果、心身ともに健全になる」などといった暴論すら言っていました。もちろん、これは言い訳です。知ってしまったものを制限するのは難しくても、はじめから制限することはできたはずなのですから。

そして茶亜が落鳥して、チョコを迎え、次第により長く幸せに暮らすためにはどうするべきか、深く考えるようになりました。先ほどの言葉の前半部分ではなく後半部分に重きを置くようになったのです。

鳥の生態についてはまだまだ分からない点が多くあります。獣医師がこぞって勧めるペレットですら、登場したのがごく近年で、その安全性を危惧する人もいるのです。ですから、この言葉の前半部分を否定することはありません。ですが、愛鳥を落鳥させてしまった時の、それも自分の飼鳥が原因だったときの悲しみと後悔はとても深いものになります。愛鳥を失ったときの悲しみがなくなることは無いでしょうが、少なくとも後悔のない幸せな暮らしが送れるよう、日々反省し、勉強して行こうと思います。

トット・ピッピ

基本データ(トット)

名前トット、♂
期間1989/05/05~1990年代初頭(以降、知人宅に迎えられた後に長生きしたそうです。)
好物手乗りではなく、コンパニオンバードとして接していなかったため分かりません。
水浴びかごの中の水入れで。
その他ピッピの旦那さんでチッチとポッポのパパ。のおっとりした性格で尻にしかれるタイプ。

方針と病歴および事故(トット)

放鳥時間なし。
私から見た鳥のメンタリティ良好。
病歴無し。
事故無し。
幸せだったと思いますか?トットにとってカゴの中が全てでしたので、その世界の中だけに絞って見れば幸せだったと思います。

基本データ(ピッピ)

名前ピッピ、♀
期間1989~1990年代初頭(以降、知人宅に迎えられ、数年生きる)
好物手乗りではなく、コンパニオンバードとして接していなかったため分かりません。
水浴びかごの中の水入れで。
その他ポッポの奥さんでチッチとポッポのママ。気が強くてカカア天下状態。

方針と病歴および事故(ピッピ)

放鳥時間なし。
私から見た鳥のメンタリティ良好。
病歴無し。
事故無し。
幸せだったと思いますか?ピッピにとってカゴの中が全てでしたので、その世界の中だけに絞って見れば幸せだったと思います。

記録

1989/05/05 ・・・ 子供の日のプレゼントとしてセキセイインコ(黄)のオス「トット(一世)」が私の家にやってきました。トットがうちに来る直前、「カッコいい名前がいい」と思い「飛竜」とか考えたのですが、実際に見るとどう考えてもそんな名前は似つかわしくありません。考え直して「トトロ」から「トット」という名前を付けました。

1989/??/?? ・・・ ほどなくして一羽では寂しそうなのでメスの「ピッピ」を連れてきました。名前はメスということで定番の「ピーコ」から「ピ」をとってきて「ピッピ」にしたんだと思います。

トットとピッピはおおむね仲がよかったのですが、ピッピの方が気が強くてカカア天下状態でした。

家の軒先に鳥カゴをつるしてやると時々ネコが狙いにきます。まったく持って憎たらしいです。なので2階につるしてやることにしました。

この日は夕方から隣の家へ親共々遊びに行っていました。日が沈んでだいぶたったころ「ピーッ!ピーッ!」と大きな鳴き声が聞こえてきます。そういえばカゴは外につるしたままでした。慌てて外に出てみるとかなり冷え込んでます。どうやらトットとピッピが鳴いていたのはあまりの寒さに耐えかねてのことだったようでした。ゴメンね。

手乗りのインコにあこがれた私はある日無謀にもトットとピッピを放鳥してみました。が、2羽は部屋の壁にへばりついて怯えたまま動きません。やっぱり無理ですよね、ずっとカゴで飼ってたんですから。で、当然ながらしまわないといけないわけですが、これがまた一苦労。部屋中飛び回って逃げ回ります。結局2羽が疲れるまで追っかけまわし、ようやく捕まえました。一生をカゴの中ですごしてきた鳥さんにとってはカゴの中だけが安心して暮らせる世界なんですね。ほんの少し寂しさを覚えました。

手乗りのインコを育てるべくトットとピッピに巣引きさせることにしました。程なくしてトットとピッピは子づくりの準備をはじめ・・・

どうやら卵が孵ったようです。巣箱の中からは小さな鳴き声が聞こえてきました。

2週間程してピッピが巣箱から出ている隙にヒナを取り出しました。ちょうど2羽だったと思います。まだあまり羽も生えてなく気持ち悪いぐらいでしたが、それでもやはりかわいかったです。その時期はまだだいぶ寒く、初日の夜、フゴの下に電気アンカをしいてやることにしたのですが・・・。大切なヒナが寒さで死んでしまっては大変と思い、念のためフゴの周りにカイロを巻きつけました。これが最悪の結果を招いてしまったのです。翌朝起きていくと2羽とも死んでいました。原因は温度の上がりすぎです。巻きつけたカイロは夜中の間にドンドン熱を発し、フゴ内の温度は相当高いものになっていたのです。こうしてまだ名前すらない生まれてきたばかりの2羽は短い生涯を閉じました。「あぁ、ヒドイことをしてしまった・・・」しばらくは悔やんでも悔やみきれませんでした。ホントにゴメンね。

さて心機一転、今度は春の暖かい時期を待って二度目の産卵です。はじめのコが孵ってから2週間程してヒナを取り出しました。4羽いましたが、比較的大きくなっている2羽を選び、残りの2羽はそのままトットとピッピに育てさせることにしました。この2羽はポッポ、チッチと名づけられました。

残りの2羽も無事巣立ったころ、ポッポとチッチのいたずらも激しくなってきました。「こりゃぁ、6羽も面倒見るのは大変だなぁ・・・。」というわけでトットとピッピ、手乗りにしなかった2羽は知人に譲られることになりました。

その後、ピッピは一度脱走を試みたようですが、ずっとカゴの中で生活していたせいでほとんど飛べず、すぐに保護され、事なきを得たそうです。それから、ピッピが先に天寿を全うし、カカア天下状態から開放されたトットも気楽な余生を過ごした後、天寿を全うしたとのことです

ポッポ・チッチ

基本データ(ポッポ)

名前ポッポ、♀
期間1990年代初頭~1990年代前半
好物穀類(米粒、ご飯粒、麺類)
水浴びスーパーで買った魚の入っているトレイなどで。
その他トットとピッピの娘でチッチの姉。
気が強く、ピッピ似。
人の懐に入って巣篭もり。覗くと怒って「がーがーがーっ!」。

方針と病歴および事故(ポッポ)

放鳥時間初期の頃はチッチと一緒に6時間ぐらい。チッチと別々に遊ぶようになってからは3時間。
私から見た鳥のメンタリティ良好。
病歴卵詰まり。
事故無し。
幸せだったと思いますか?分かりません。もちろん、愛情は注いだつもりですが、私の家においてまだコンパニオンバードという概念がありませんでしたので。

基本データ(チッチ)

名前チッチ、♀
期間1990年代初頭~1994/春
好物穀類(米粒、ご飯粒、麺類)
水浴びスーパーで買った魚の入っているトレイなどで。
その他トットとピッピの娘でポッポの妹。
小柄で穏和なトット似。
人の懐に入って巣篭もり。覗くと怒って「がーがーがーっ!」。

方針と病歴および事故(チッチ)

放鳥時間初期の頃はポッポと一緒に6時間ぐらい。ポッポと別々に遊ぶようになってからは3時間。その後は再び6時間
私から見た鳥のメンタリティ良好。
病歴無し。
事故ポッポにろう膜をかじられて半分めくれあがってしまったことがあります。もちろん、即病院。
幸せだったと思いますか?幸せだったは思いますが、正直なところ分かりません。もちろん、愛情は注いだつもりですが、私の家においてまだコンパニオンバードという概念がありませんでしたので。

記録

ポッポとチッチはトットとピッピ2度目の産卵の子です。巣箱から取り出したばかりの2羽はまだ羽も半分ぐらいしか生えておらず、まさに「ヒナ」という感じです。ちなみに、ポッポとチッチは二羽ともメスで、ポッポのほうが少し大きいからお姉さんかな。

まだ自力で餌を食べられないヒナの場合、専用の器具でさしえするわけですが、ポッポとチッチはそこまで小さくは無かったようです。さしえ用の器具では追いつきません。そこでふやかした粟玉なんかをちっちゃい軽量カップに入れて与えてやります。ポッポもチッチもよく餌をがっつきます。軽量カップの奥の方まで顔を突っ込むので食事のあとは顔や首の周りがグショグショです。でも、チッチはちょっと餌を食べるのが下手みたいで、がっついてるわりに食べれていないみたいなので、いつもポッポより食事に時間がかかります。食後、グショグショになった顔が乾くまでの間は遊ぶ時間です。とはいえまだヒナなのであんまりたくさんは遊べません。顔も乾いて、二羽が疲れてきたらフゴに返してお休みです。

二羽とも順調に成長し、飛ぶ練習もはじめました。止まりやすいところにつかまって翼をバタつかせます。最初に飛んだのはやっぱりポッポだったかな。

無事に巣立って住まいも鳥かごに移すと、このころから知恵がついてきたり性格が現れてきたりします。ある朝食事をしていると、カゴに入っているはずの二羽が戸の隙間から歩いてきます。「えっ!?」家族一同呆然です。朝起きたばかりなので、鳥かごを開けっ放しにしていたとは考えられません。が、鳥かごを見ると入り口の扉が上に上がって金具に引っかかって開いています。・・・ってことは自分達であけて出てきた???とりあえず二羽をカゴに戻して様子を見ると・・・。扉をガチャン、ガチャンと持ち上げてます。いつの間にか「ここを持ち上げれば外にでれるー!」と学習したんですね。手乗りでなかったトットとピッピじゃ考えられないことでしたが、人と一緒に遊んで刺激の多い手乗りはやはり知能も高くなるのでしょう。しっかーし!これでは人間の方が困ります。せっかく「外に出る方法を学んだ」二羽ですが、それ以降、入り口はゴムを使って厳重封鎖です。

ポッポは母親似でとっても気が強い子です。チッチは父親似で穏やかな子で、ちょっと小柄です。その性格がだんだん顕著になってくると、当然、チッチはポッポに及び腰。だんだんエスカレートしてポッポは意地悪くなってきました。ある日、水浴び用の入れ物を用意してやるとポッポが先に占領してチッチが近づくと怒ってかみつきます。かわいそうなのでチッチ用にもうひとつ入れ物を用意してポッポの隣に置いてやると・・・。ポッポはそれも自分のものだと言わんばかりにチッチにかみつきます。ポッポよ、何が気に食わないんだ・・・。そんな行動がだんだんカゴでも見られるようになってきたので、二羽は別々のカゴに分けることとなりました。

あるとき、二羽を出して遊んでいると、ポッポがチッチのハナにかみつきました。よほど思いきりかみついたのでしょう。チッチのロウ膜が半分めくれてしまっています。これにはびっくり。慌てて病院に連れて行きましたが、一応は大丈夫とのことでホッとしました。この日以来、二羽を同時に出して遊ぶことはなくなりました。

ポッポもチッチもなぜか人の服の中へもぐりこむようになってきました。「あったかくて気持ちいいんだろうか?」しかし、その真の理由が程なくして分かることになります。

ある朝、カゴの床に何やら丸くて白いものが落ちてます。「何だこれ???」どう考えてもポッポがくわえて持ち込むことはできそうもない形です。とすればどっから・・・。「ん?これに似たのが冷蔵庫にも入ってるよなぁ・・・。でもまさか・・・。」しかしそれしか考えられません。そう、タマゴです。食用のタマゴもニワトリが産ん無精卵ですが、他の鳥でも環境が良いと無精卵を産むのだそうです。ポッポやチッチが服の中にもぐりこむのは巣ごもりのつもりだったのでしょうね。さてさて、それからというものポッポとチッチはしばしばタマゴを産むようになりました。時には服の中で・・・。環境の良い証拠とはいえちょっと困りものですね。

健康だったポッポに突然の悲劇が襲います。前日まで元気だったのに、翌朝、止まり木から落ちて死んでいました。原因はタマゴづまりです。夜中に死んでしまったので、誰も気づくことができませんでした。ポッポ安らかにね。

チッチの足のツメがひっかかるので、切ってやることにしたのですが・・・。「しまった!」きりすぎてしまいました!ツメの先から血ができてしまいました。ちっちゃい小鳥にとっては1滴の出血でも命取りになりかねません。慌てて止血剤で手当てします。幸い、大事には至りませんでしたが、これ以来ツメを切ることはなくなりました。

チッチの具合が悪いようだったので、病院に連れて行くことにしました。普通なら小型のキャリーケースに入れていくのですが、できるだけ不安にさせないようにと、服の中に入れて連れて行きました。いつも服の中に巣ごもりするチッチならではのウラ技です。これには病院の先生も驚きながらニッコリ。

1994/春 ・・・その日は小雨の降る日でした。いつもどおり母がカゴを外に出してやったのですが・・・。馴れというのは恐ろしいものです。カゴの扉を「閉めたつもり」で、開けっ放しのまま外に出してしまったのです!カゴを入れてやろうとしたときに気が付いたのでしたが、時すでに遅く、チッチはどこかに飛び去ってしまっていました。その後探しましたが、結局見つかりませんでした。人懐っこく、性格も穏やかなコでしたから、きっと誰かに保護されて鳥好きの方にかわいがられたことでしょう。

トット(2世)

基本データ

名前トット、♂
期間1995/春~1999/初夏
好物穀類(ご飯粒、麺類)
にんじん。(おまえはウサギか?)
氷アイス(やっぱり夏はアイスでしょ。)
水浴び人の手に乗って蛇口から流れ落ちる水でシャワー。
その他鏡に向かってエサの吐き戻し。
消しゴム見ると興奮して・・・(以下略)。
筒状のものは転がします(ペットボトルとか)。
テーブルや机から何でも落としてみます。

方針と病歴および事故

放鳥時間一日8時間ぐらい。
私から見た鳥のメンタリティいたって良好。
病歴無し。
事故迷子2回(うち一度は戻らず)。
幸せだったと思いますか?幸せだったと思いますが、まだ鳥の幸せを深く考えていなかった頃なので必ずしもそうであったとは言い切れません。

記録

1995/??/?? ・・・ チッチがいなくなってもうじき1年。春の心地よい日には「あぁ~、手乗りの小鳥がいればなぁ・・・」と思わずにはいられません。というわけで、再び手乗りのインコと暮らすべく小鳥屋さんへ。行ってみるとグットタイミング。ちょうどセキセイインコのヒナがいるとのこと。早速見せてもらいました。いや~、やっぱりかわいいですねぇ。その中から特にかわいい、青の一羽を選びました。今度はおしゃべり教えたり、タマゴで悩まないようにオスにしようと思ったのですが、まだヒナなので店の人も分からないとのこと。まぁ、その辺は仕方が無いですね。で、これがトット2世です。

さっそく子育て開始。が、いきなり問題発生!なかなかエサを食べてくれないのです。数日ばかりそんな日が続いて心配したのですが、なんだか胸のあたりが膨らんでるようです。そっと羽毛をかき分けてそのうを覗いてみると、もうパンパン。どうやらこのコはポッポやチッチよりエサを食べるのが上手で、見た目よりもよく食べているようでした。それなのに無理やり食べさせようとしてたんだから、トットにしてみればいい迷惑ですね。

トットの初飛行は衝撃的でした。いつもどおり羽をばたつかせて飛ぶ練習をしていたので、少し離れたところから「おいで!」と声をかけてみるとこっちを向いて様子をうかがってるよう。「おっ、来るか来るか?」と期待していると、バタバタバタッー、「あー!だいじょーぶっ?!」。・・・飛んだのはいいんですが、カーブができず、まっすぐ飛んだ先の壁に激突して墜落してしまったのです。心配して拾い上げたのですが、どうやら何でも無いようでホッとしました。ちなみに、二回目は練習しなくてもちゃんとにカーブできました。やっぱり本能なんですかね。

チッチのことを教訓に、トットの羽を切る事にしました。嫌がるトットを強引にとっつかまえ、無理やり翼を広げさせて羽を切りました。これがいけなかったのでしょう。これ以降、トットは手のひらに乗ってくれなくなってしまいました。手をだしても、手を飛び越えて手首に飛び乗り、腕をよじ登ってくる始末。それでも人懐っこさはかわりません。で、しばらくすると手の甲の上ならつかまらないことを学習したようで、手の甲にはのってくれるようになりました。

このコはどうやらオスのようです。「じゃぁ、言葉を教えよう!」というわけで口元によせて「オハヨ」の連発。トットのほうも興味津々に聞き入ってくれます。「これは結構期待できるかな」と、日々「オハヨ」を続けるとある日トットが「オハヨ」と言ってるではないですか!鳥が人の言葉をしゃべるなんてなんだか奇妙だけどとってもかわいいです。

さて、調子に乗って「オハヨ」以外にもいくつか言葉を教えてみました。まずは「コンニチワ」。最初は「コンニチワ」といっていたのですが、そのうちなぜか「コンチワ」になり、しまいには「チワ」になっちゃいました。もっと傑作なのは「タロクン、オハヨ」(タロ君は私の家族の仮名)と教えたはずなのに、「ターロコチャン、オハヨ」といってるじゃないですか!一同爆笑です。

いくつかの言葉を覚えてくると、トットの言語能力はさらに花開きます。人間には理解できない、しかし人間の言葉には違いない何かをゴニョゴニョとしゃべるようになり、家では「壊れたラジオ」の異名を持つまでになりました。

トットはたくさんのあだ名を持っています。ヒナの時は「ヒナボン」成鳥になると「トトボン」(これが私のハンドルネーム)、「ボンチャン」、「チャーチャン」などなど。ですが最終的には「チャーチャン」に落ち着きました。

カゴに入ってるときは人の気配がするや否や「出せ!出せ!」と言わんばかりにエサ入れをガチャン!ガチャン!とやって音を立てます。仕舞いにはエサ入れをひっくり返す始末。仕方が無いのでエサ入れには鉛をくっつけて重くしました。一方、カゴに入れるときはもう大変。ただでさえ手を嫌がるのに追い掛け回そうものなら逃げ回ってなかなかつかまってくれません。仕方が無いのでエサを食べにカゴへ戻ってる隙に入り口を閉めてしまいますが、それもトットとの競争です。トットが気づいて出てくるのが先か、忍び足で近寄って入り口を閉めるのが先か。勝率は5割ってとこでしょうか。どうしてもすぐにカゴへ入れたいときは、トットを口元に持ってきておしゃべりするふりしながら、バッ!とシッポをつまみます。そうするとトットは身じろぎ一つしなくなるので、そのままカゴへ直行です。

1995/??/??(冬) ・・・ 厚いコート着て外へ出るとき、不注意にも肩に乗っているトットに気づかず外へ出てしまいました!あっという間にトットは飛び去り、あとにはうろたえる私が残りました。すぐに探したのですがやはり見つかりません。その日はあきらめて、「鳥探してます」のポスターを作りました。私の家のそばには小学校があり、そのころ弟はその小学校で掲示委員(?)なるものをやっていて、話をするとそのポスターを学校の掲示板に貼ってくれたとのこと。すると奇跡が重なりました。なんと学校からかえると空っぽのはずのカゴにトットがいるではないですか!「コッ、コレは!」それまでに夢で毎夜のようにトットの戻ってくる夢を見ましたが、今度は夢ではありません!「トット~!」あぁ、なんて奇跡なんだ・・・。話を聞いてみると、トットは逃げ出した翌日、人恋しさに子供達の声でにぎやかな小学校へ行ったようです。で、偶然図工室にたどり着いてその中へ入ろうとしたのだけれども、窓ガラスに当たって墜落したとのこと。そこを保護されたそうです。そうして保護してくれた子が掲示板を見て連絡してくれたというのがことの次第でした。ちなみに、このトットの小旅行の旅費は7000円です。お礼にメロンを持っていったんですね、ハイ。

元気だったトットが突然イスの背もたれから落鳥しました!ものの本に「鳥が落鳥するのは死ぬことに等しい」といったことがかかれていたので心配でなりません。ともかく手元に寄せて、元気がでるようにと砂糖水をあたえてそばについていてやりました。すると30分後にはもうピンピンしてます。一体なんだったんでしょう・・・。

落鳥してまもなく、エサを吐き戻すようになりました。そんな鳥にそんな習性があるとも知らず、「落鳥といい、吐き戻しといい、なんかおかしい。悪い病気にでもかかったのだろうか?」ととりあえず動物病院に連れて行きました。が、連れて行った病院は犬猫病院。一応電話で小鳥も診れるというのでつれてきたのですが・・・。小さなキャリーケースに入れて連れて行くと、患者のネコがトットのにおいをかぎつけてケースにへばりつきます。やっぱりネコの本能なんですかね。それはそうと早速診察。しかし!ケースから出すのに失敗、トットは部屋を逃げ回ります。私はいつものようにシッポをつかんで捕まえようとしたのですが、看護婦が聞きません。ひたすら追っかけまわしてとっつかまえようとします。トットは余計に怯えて逃げ回ります。そこへ先生が出てきて「飼い主が捕まえられないんじゃ、どうしようもないじゃないか!」(心の声:ムカッ!アンタんとこの看護婦がバカなんだろう!)おまけに、「疲れきった」トットをわしづかみにして「ちゃんと捕まえられるじゃないか!」(心の声:アンタバカか!)ともかく、今はトットのほうが大事。で、症状を話すと先生「サルモネラだな。注射打っとこう」サ、サルモネラ~ッ!あぁ~、トットは大丈夫だろうか。不安でいっぱいの私をよそに、先生は嫌がるトットに無理やり注射をブス!とりあえずこれで様子を見るしかないか。

犬猫病院での診察からしばらくたちましたが、トットの吐き戻しは直りません。ちなみに、このころには吐き戻しが特に鏡に向かって行われていることに気づいていました。で、それ以外はいたって元気。本当にサルモネラなんだろうか?疑心暗鬼にかられて別の動物病院へ連れて行きました。こんどはちゃんとした「動物病院」です。しかも、雰囲気もよくって先生の人当たりもグット。さてさて、早速症状の説明と診察があって先生から言われたのは「たぶん、父性本能ですね。鏡に映った自分をメスだと思ってエサをやろうとしてるんです。きっといいパパになれますよ。」え~!サルモネラじゃないんですか~!クッソ~、あのやぶ医者どうしてくれよう!ともかくちゃんとした先生に診てもらい、トットはいたって健康ということが分かって一安心です。

トットはみんながいなくなって寂しくなるとカーテンレールの上にのって壁をガジガジとかじります。だから壁がボロボロ・・・。

1999/??/??(初夏) ・・・ その日はマンションの大掃除でした。トットは洗面所の大きな鏡でいつものように遊んでいたのですが、なにやら探しに戻ってきた父の肩に止まって、それに気づかない父はそのまま外へ出てしまいました。父の「鳥が逃げたぞ!」という声を聞いても私はなお現実感が沸きません。洗面所にいっているはずのトットがいないのを確認してようやく実感が出てきました。「あぁ、ホントに逃げてしまったんだ・・・。」もちろん探しましたし、前回のようにポスターも作りました。しかし今度は帰ってきませんでした。

茶亜

基本データ

名前茶亜、♂
期間2001/05/04~2004/11/12
好物穀類(ご飯粒、麺類)、甘いもの、その他いろいろ。
水浴び蛇口の水を出しっぱなしにして、人が手で水を汲むようにしてできる水溜りで。つまり人の手の上で。
その他別途記載

方針と病歴および事故

放鳥時間一日10時間ぐらい。
人の食べ物与える。もちろん、今ではそのようなことはありません。
私から見た鳥のメンタリティ大変良好。
病歴一時期首の周りの毛を抜く癖がありましたが、抜いているときに「ダメ」と注意することにより3ヶ月程度で自然に戻りました。
事故睡眠薬を誤飲(別途記載)
掃除中にどこかに挟み落鳥
幸せだったと思いますか?まだまだ生きられたことを考えると幸せだったと言い切れるものではありませんが、生前に限って言えば幸せだったと思います。

どんなコ?

【人との関係】

まさに家族だったと思います。彼は家の中で最大限の自由が許されていましたが、人が忙しそうなときはべたべたし過ぎることはありませんでした。その代わり、くつろいでいて、かつ茶亜自身も甘えたいときはめいっぱいの愛情を要求してきました。例えば、私が忙しいときはいつもの定位置、ディスプレイの上でおとなしくくつろいでいますが、くつろいでいるときに行う手のひらにすっぽり収まってのカキカキは30分以上に及ぶことがよくありました。

【食べ物】

もちろん、今となっては考えを180度改めていますが、当時は「彼のメンタル的充足を考えて」と称して人の食べるものを与えていました。ご飯や麺類はもちろんのこと、お菓子も与えていました。最終的には彼のお残しを私が食べるような感じです。また、アメをなめると自分にもよこせといって口元に来て聞きませんので、アメはなるべくこっそりなめるようにしていましたが、見つかってしまったときは小さく割って与えることもありました。砂糖や(残り物の)ご飯に至っては、場所を覚えて自分でふたをはずして食べてしまうまでになりました。猛毒といわれているチョコレートもバクバク食べていましたし、朝の日課はスプーンいっぱいのココアでした。そしておいしいもの食べてるときは「至福のときだ~」とでも言ってるかのように目を細めておいしそうに食べていました。

今ではチョコレートやココアは論外ですが、茶亜の様子を見ていると「ホントに猛毒なの?」と思ってしまいます。この記事を読んだどこかの研究者の方がキチンとした研究を行ってくれるとよいのでしょうが・・・。

結局、茶亜はそれらに起因する病気にかかることなく事故により生涯を閉じましたが、もし長生きしたら障害が現れたかもしれません。健康管理という点から見れば明らかに間違っていますが、人と、家族と同じものを食べられる喜びは分かち合えたと思います。もちろん、この部分に関しても現在では考えを改め、人の物を与えるのではなく、多少まずくとも彼らが食べても害にならないものを私も共に食べればよいのだ、と考えています。余談ですが、ズプリームのナチュラルペレットはおいしいですよ。慣れればきっと酒のつまみにもなります。

【カキカキ大好き】

片方の手のひらにすっぽり収まってカキカキを要求します。かくというよりはなでるという感じで、目を閉じ、まるで至福のときを感じているかのように気持ちよさそうに、ぐてーっとなっています。そのときの姿勢は座る、というか横になるというか、やっぱり立ってるよりは楽みたいですね。そして気に入らないところをかくと、とたんにかまれます。たいていは10分ぐらいですが、時によっては30分ぐらい続けることもあります。

【性格】

気が強く、ほとんどパニックを起こすことはありませんでした。たとえ人間が驚くような地震や雷であっても、茶亜は動じませんでした。

その一方で、非常に寂しがりやでもあり、人が居ないと一所にじっとしたままほとんど動きません。

このような性格ですから、ちょっと家を空けるような場合は放鳥したままでした。おそらく、これも批判の対象となるのでしょうね・・・。もちろん、今では人のいないときの放鳥は論外です。

【かみ癖】

かみ癖がひどく、気に入らないことがあるととにかくかみます。また、なぜか寝転がると耳たぶをかんできます。どちらも本気ではないのですが耐えがたく痛いので、当然しかるのですがほとんど聞いてくれません。時には加減して叩くこともあるのですが、まったく効果はありません。それどころか、かむのが悪いことだと分かっていながらにしてかみついておきながら、しかられるのがイヤで「ピピピィッーーー!」と鳴きながら飛び去るようになりました。もちろん、程なくして戻ってきますが。

【テリトリー】

家の何ヶ所かに自分のテリトリーを作りました。まず昼間は入ることはほとんど無いけれど自分の家、それから母の仕事場の一角、母の肩、冷蔵庫の脇についている小物入れが主だったところです。特にカゴの中ではうんちをほとんどしません。しても隅のほうに我慢の末でかいのをします。

これらテリトリーに手を近づければ出血必至のかみつき攻撃を受けます。また、夕方はほとんどずっと母の肩に止まりくつろいでいます。

特に母の仕事場の一角は自分の巣であると認識したらしく、吐き戻しを行っていました。都合でこの部屋を閉鎖すると、「早くあけろー!」というかのように鳴きながら飛び回ります。ちなみに、テリトリーではないようですが、食器戸棚の上でも吐き戻しをしていました。

【その他】

かごの中に居ると「早く出せよ~!」といわんばかりに暴れまわりますが、幸いなことに呼び鳴きは一切ありません。

夜は部屋を暗くすると比較的素直に入ります。昼間どうしても入れる必要があるときは、カーテンを閉めて薄暗くするか、手元で遊んでいるときであれば捕まえられること嫌がりませんので比較的簡単にそのままカゴへ入ってもらうことができます。

カゴの入り口はナスカンをしていなければ自分で出てきます。

家電製品が「ピッピッ!」と音を立てると「ピィピーッ!」とないて部屋を飛び回ります。なんで?

なぜかお風呂が好きで、人が風呂に入ろうとするとくっついてきます。で、水浴びでもしたいのかと思って水を汲んでやっても水浴びするわけじゃありません。何をするともなく、人の頭の上に止まってじっとしていたり、風呂のふたにのってうろうろしたり・・・。

長い棒をくわえて遊ぶのが好きなようです。私の飲むヨーグルトについているストローを加えては秘密基地(母の仕事場の一角)に運び込みます。その他、ゆでる前のスパゲッティを加えて遊んだりもします。

コップに入っているスプーンでガチャン、ガチャンと音を立てて遊びます。茶亜にとって音楽なのでしょう。

最初の1、2年はおもちゃにぬいぐるみのひよこをあげたのですが、次第にメスだと思うようになったのか、ひよこに対して吐き戻しをしたり、・・・したりするようになり、不衛生なので没収しました。

物心つく頃になると、観葉植物をかじってしまうようになりました。中には毒性のあるものもあるので、撤去しましたが、さすがにサボテンだけはかじろうとしませんので、私の家の観葉植物はサボテンになりました。

破壊活動は比較的小さいと思います。ダンボール箱などはかじって壊しますが、書籍をボロボロにされたことはありません。ただ、寂しくなると壁をかじったり、秘密基地のある部屋が閉鎖されると閉じたふすまのふちをかじったりはしていました。

おしゃべりはしません。ただ、自分の名前だけは「ちゃっちゃん!」と言っているようにも聞こえます。

出来事

【大脱走】

カゴを壊して脱獄(家の中ですが)したことがあります!もちろん、鉄(?)のカゴですよ!縦に入っている金棒の2本をクチバシで挟むようにビーンッ、ビーンッってはじいているうちに、金棒がひん曲がってきて、とうとう上の方の溶接部分が壊れてしまったのです。恐るべきボタンインコ!しかし、カゴを新しくしてからというもの、せっかく頑張っても無駄なのだと悟ったのか、もう壊そうとはしませんでした。

【睡眠薬を飲む!】

茶亜は錠剤が大好き。見つけるとすぐくわえて持っていってしまいます。もちろん、追っかけまわして取り上げるのですが・・・。今日はアルミホイルにくるんであった睡眠薬を見つけて取り出し、カーテンレールの上に逃げて「ボリボリボリ・・・」。私は直接その場に居合わせなかったのですが、食べたのは睡眠薬およそ半分。体重50kgの人間がこの量で一晩ぐっすりなのに、体重40gの茶亜からすればそれを1000倍の量飲んでしまったことになります!しばらくするとお気に入りのひよこ(ぬいぐるみ)と遊んでいるうちに効いてきたらしく、ひっくり返ったまま起き上がれなくなってしまいました。で、起こしてやるとフラフラフラ~っとカゴの前まで飛んでいき、そのままカゴの前でペタンとなって寝てしまうと、つついても目を開けません。誰もが「もしかしたら・・・」と思う中、動物病院に連れて行くと先生いわく「鳥は新陳代謝が早いから人間ほど効果がないからたぶん大丈夫。夕方まで様子を見て症状が悪くなったらもう一度来てください。」とのこと。

とりあえず家に帰ってキャリーケースにティッシュを敷き詰め、保温をし、様子を見ることに。幸い、症状はそれ以上悪化せず、昼過ぎには水も飲み、えさも食べ、最悪期を脱したようです。15時ぐらいになるとケースの中でゴソゴソしだし、遊びたそうな様子。ちょっと外に出してみると遊ぶ気満々なのですが、まだ足元フラフラ、着地してもつんのめり・・・。というわけでもうしばらくお休みです。夕方17時。もう一度外に出してやると、昼間のコテ~ンとした様子はどこへやら。もういつもと変わりありません。良かった良かった。

みなさんも薬には気を付けましょう。

【忘れ形見】

そうそう、最近、チョコのケージをひなたぼっこで網戸のそばに掛ける時、網戸の網が変によっているのに気づきました。実はこれ、茶亜がよじ登ってかじって遊んだ後なんです。だからこの網戸は茶亜の忘れ形見ってわけです。

特別コンテンツ・茶亜がやってきた

【ショップにて】

トット2世がいなくなってはや2年。やっぱり鳥さんがいないと心に穴があいているような気がしてなりません。そこでとうとう新しい鳥さんを家族として迎えることになりました。

2001/05/04 これまではセキセイだけでしたので、今度は違う種類のコにしようと横浜でも結構名の知れた(ペンギンがいたり、テレビに出演したりしていて有名な)ペットショップへ行ってみました。早速中へ入ってみると大型も含めて結構いろんな種類のコがいます。しかし、金銭的な条件や、手乗りにする以上ヒナでなければならないという条件、その日のうちに欲しいという欲求から選択肢はレジのそばにいる4羽のボタンインコのヒナということになりました。しか~し!「ヒナ」と書いてあるわりにはずいぶん羽が生えそろってる。セキセイでの経験から言えば、すでに手乗りにするのは難しそうな時期じゃないのかなと思いました。でも「ボタンインコは違うのかな」などと考え、店員さんに聞いてみました。

	私:これ、手乗りになるんですか?
	店員:なりますよ。
	私:しゃべれるようになります?
	店員:ボタンインコは苦手ですね。しゃべるのだとヨウムとかですね。
					

ぶ~!ヨウム言うたらケタがちゃうやんか。それに、ホントに手乗りになるんだろうか?しかしかわいいことに変わりはありません。見れば見るほど欲しくなってきて、疑心暗鬼にかられつつも白ボタンを選びました。するとヒナを育てるセットだかなんだか知らないけどキャリーケース、下に敷く木屑、専用ヒーター、エサ、エサ入れなどなど用意してくれたのですが・・・

セキセイ育てたときは木屑なんかじゃなくて紙使ったよなぁ・・・。しかもこの木屑、やたらと量が多い。こんなに使い切るわけないだろ・・・。

	店員:この木屑、ハムスターとかにも使えますから。
	ハムスターなんか飼わねーよ。まぁ、いいか。しかし、専用ヒーターはいらないよな。
	家にセキセイ育てたときの電気アンカあるし。それに、いくら「ヒナ」って言ったって
	だいぶ羽も生えてるから多少の温度には耐えられるだろうし。
	私:あ、ヒーターはいらないです。
	店員:え?でもこの時期だとあっためてやらないとまずいですよ。
	私:電気アンカがあるんで。
	店員:でも、専用のやつのほうが・・・。
	私:セキセイのヒナもそれで育てたんで。
	店員:あぁ、そうですか・・・。
					

何だ~!その、あからさまに商売根性むき出しの対応は~!無駄に量の多い木屑といい、客に聞くこともなくせっせとセットの用意するところといい、動物のことより儲けのことを考えてるのではないかと思わずにはいられません。改めて店員の言った「手乗りになる」という言葉に不信感が沸いてきました・・・。

とはいえ、この白ボタンには何の罪もありません。選んだからにはめいっぱいかわいがってやろうと心はずませました。ちなみに、名前はもう決めてありました。先代トットのあだな「チャー」からとって「茶亜」です。

そして茶亜を大事に抱えて家に帰ったのです。

【最初の1ヶ月】

家に帰ってさっそくキャリーケースのふたを開けてみると・・・。茶亜は背伸びしてまわりをキョロキョロします。かっ、かわいい~。

しかし、悪い予感は的中してしまったのです。このコ、全然人に慣れていません。手にのっけてもすぐに降りてしまいます。服の隙間にもぐりこんで隠れようとします。手から逃げようとします。えさをあげても食べてくれません。ぬぅお~!あのバカショップめ!二度と行くか~!しかしやっぱりこのコに罪はありません・・・。とりあえず初日だし、そっとしておこう・・・。が、夕方になっても置いてあるエサを食べている気配はありません。仕方がないので無理やりつかんでさし餌しました。ところがこれがいけなかったようです。次の日にはますます人の手を怖がるようになっていました。

初日に無理なことをしたせいでしょう。二日目にはキャリーケースの外に出しても人から逃げ回るようになってしまいました。捕まえるのも一苦労です。が、捕まえようとしたその時、「バタバタバタ!」なんと茶亜は翼を広げて浮き上がってるじゃないですか!でも飛び方がなんか変。よく見ると羽がバッサリ切られてます。だから飛んでもせいぜい10センチ。ってことは、本来このコは飛べるんだよね?じゃ、もうヒナ卒業の時期じゃないの?っくー!何が「まだヒナです。」だ!あの店、やってること詐欺じゃないか!それに羽の切り方もひどい。見栄えよく切る方法だってあるにもかかわらず、このコはまさに「バッサリ」ときられている・・・。でも繰り返しますがこのコに罪はありません。

さて、結局このコがもうヒナとは言えない時期であることがわかったので、住居を普通の鳥カゴに変えました。とはいえ、床に木屑を敷き詰めています。あと、エサはどうやら自分で食べているようなので無理な与え方は止めました。時間をかけてゆっくり、ゆっくりと鳴らしていけばいい・・・、そう思っていたのですが・・・。

私はそんなに気の長いほうではありませんでした。ちょうどゴールデンウィーク中だったのと、茶亜がまだほとんど飛べないのをいいことに「無理やり肩に乗せっぱなし作戦」を実行したのです。私は一日中パソコンの前に座ってネットサーフィン。肩には無理やり乗せられた茶亜がいます。こうしてゴールデンウィークが終わるまでの数日間、茶亜とべったりしていたのです。ちなみにこのとき、右手はマウスを動かすので茶亜は左肩に乗せていました。そのせいか、その後も茶亜は肩に止まるとき大抵は左肩にとまってます。

ところで、このコの鳴き声をまだ聞いていません。どうしたら鳴いてくれるだろう・・・。でもすぐにひらめきました。インターネットでボタンインコの鳴き声を載せてるページを見つけ、茶亜に聞かせてやりました。すると茶亜はキョロキョロしながら自分も「ピィ!」と鳴いてみせたのです。

さて、肩に乗せっぱなしにしていても手には馴れてくれません。手を近づけると必死になって肩からイスの背もたれに逃げてしまいます。これじゃ、いけない。ここはやっぱりエサだろうな・・・。というわけで、茶亜にはかわいそうですが机に出してあるエサをしまっておなかが空いたころ、手にエサ入れをもってエサを与えるようにしました。最初なんか、10分ぐらい手を肩のところにやったままにしてようやく食べてくれましたが、だんだん、素直に食べてくれるようになりました。でも、手が見えると警戒してしまいます。次は手から直接食べるようにすることが課題となりました。しかしこれにはもう少し時間がかかりそうです。なにせ、茶亜をしまったり出したりするためにカゴに手を入れるとバタバタ暴れまわってしまうんです。このころ、茶亜は耳をチョンチョンと噛むようになったのですが、叱ってはまた人を怖がるようになるのではないかと思って多めに見てしまいました。これがいけなかったのでしょう。しだいに茶亜は噛み癖がつくようになってしまいました。

話はもどって、私はやっぱり短気でした。今度は、夕方茶亜をカゴに入れるタイミングにあわせてお腹をすかさせます。そうしてカゴに入れたら、手にエサを載せてカゴの中に突っ込みます。最初茶亜はバタバタと暴れますが、少しすると手から逃げるようにしてカゴの隅にじっとしています。10分ぐらいそのまんまでした。私が手をそっと茶亜に近づけると、茶亜はビクッします。また、3分ぐらいそのまんまです。それを繰り返して10分後ぐらいに、だいぶ手は茶亜に近づいていました。これ以上は近づけずにじっと待とう・・・。それからさらに10分後ぐらいになって茶亜はようやく手からエサを食べてくれました。こんなようなことが数日間続いて、ようやくカゴの外でも手からエサを食べてくれるようになりました。このころから、茶亜は疲れると「ちょっと休憩」とでも言うようにディスプレイの上にちょこんと止まってお昼寝するようになりました。

そんなこんなで1ヶ月もたつと、茶亜はベタベタに馴れてくれました。しまいには自分から手に擦り寄ってきて頭掻き掻きをねだるようになったのです。一方で噛み癖はひどくなっていきました・・・。しかしまだ私達を家族だとは思っていないようです。外から鳥の鳴き声が聞こえるとピィピィ鳴いて窓際に行き、網戸にヘバリついて外を眺めてます。しまいに網戸をかじって穴を開けようとします。このコはもしかして人と暮らすより外で暮らしたほうが幸せなんじゃないだろうか・・・。そう思わずにはいられませんでした。でも次第に私達を家族だと認識するようになってきたようです。3ヶ月もたつと、完全に家族として溶け込みました。

【手紙】

この他、インターネットで知った方に送ったメールがあります。「そんなこともあったなぁ・・・」ってことで抜粋して載せることにしました。ちょうどお迎えして1ヶ月ぐらいのころです。

	ちなみに名前は「ちゃー」です。で、最初の数日はゴールデンウィーク
	ということもあって、まだ飛べないのをよいことに無理やり一日中
	肩に乗せっぱなし。私はといえばずーっとインターネットで暇つぶし(涙)。
	捕まえるときも、飛べないのをよいことに両腕で挟み込んで無理やり
	腕に載せたりしました。そのかいあってかだいぶ慣れたのですが、かわりに
	家に入ってくれず、日々格闘です。しかも最近は、夜えさを食べにカゴへ
	入ると閉められることを学習し、夜はえさを食べにさえ帰ってくれません。
	あと、手からえさをあげるようにしたところ「手は召使」とでも思った
	らしく、都合のよいときにしか乗ってくれず、そうでなければ噛まれます。
	もちろんなでさせてくれません。当初、頭にも乗ろうとしたのですが、
	これは厳として追い払うようにしつけたので、今は乗りません。
	:
	:
	ちゃーのくちばしと指とでケンカして、指を引っ込めたら猛ダッシュで
	追いかけてきてつつかれたり・・・(笑)。

	好きな場所:ディスプレイの上(あったかいのかな)
	好きなもの:ひよこのおもちゃ、ゆでる前のスパゲッティ(食べない)
	            鉛筆の芯(見つけ次第没収)、消しゴム(見つけ次第没収)
	            観葉植物(あまりにひどくかじるので外に出した)、
	            カットルボン(一日で半壊)

	ちなみに今は、家の屋根からつるしてある鈴つついて揺らしては格闘
	してます。(昼間は閉められないこと知ってる・・・)
					

茶亜とチョコ

04/11/12

家から携帯に電話がかかってきたのは、12日の夕方、バイト先ででした。仕事中ということもあり、電話には出ませんでした。30分くらいして、再び携帯が鳴りましたが、もうじき仕事も終わるので、これにもやはり出ませんでした。さらに30分後、仕事も終わって最寄のバス停へ向かう途中、こちらから家に電話してみました。「なんか用?」その問いかけに返ってきた答えは「茶亜が死んじゃった・・・」。その電話を聞いた瞬間、血の気が引きました。

死因は掃除中の事故で、どこかにはさんでしまったそうです。直後はなんとも無かったけど、しばらくしてぐったりし、病院にも連れて行ったのだがダメだったそうです。私の家では、ほぼ一日中放鳥していて茶亜は自由な生活を送っていました。そういう意味でも、彼はペットではなく家族だったのです。その反面「事故に合うこともあるかもしれない・・・」そういった思いはありました。だから「信じられない」という思いはありませんでした。そういう飼い方をしていたのがいけないのだと言われればそれまでですが、私はそういう主義であることに後悔はしていません。ですが、彼の死を受け入れるのは容易なことではありません。

家に帰るまでの時間の何と長いことか。1%にも満たない「何かの間違いである可能性」を考えもしましたが、残り99%の「死んでしまった」という事実で私の頭は混乱を極めました。節操が無い、ヒドイ、と思われるかもしれませんが「次に迎えるコはどんなコだろうか」などといったことも考えました。もはや私の生活で鳥のいない生活は考えられないのです。ですが、次に新しいコを迎えたとしても茶亜はもう戻ってこないということにすぐ気づきました。

家に着くまで、実際には1時間20分ぐらいなのですが、延々と続くかのようななんともいえない時間が長く長く続いたように思います。家について茶亜の亡骸を見ました。茶亜はよく、私たちの手のひらにすっぽりおさまって、ぐてーっとした格好であたまカキカキするのが好きで、その時の表情はまさに「至福の時」といった感じでした。彼はちょうどその時の格好のようにして眠っていました。どんな事を考えながら死んでいったのでしょう・・・。

依然、私の頭は混乱していました。とにかく彼の亡骸をこれ以上見ていたくありませんでした。何がなんだか分からないまま、マンション脇の駐車場の隅に埋めに行きました。その途中、知らぬ間に彼の亡骸を手のひらへ乗せ、いつものように彼の頭をカキカキしていました。私は普段から死後の世界というものには否定的でしたし、どんなに大々的な葬儀をしようともそれは生きるもののエゴだと思っていますから、葬り方については正直どうでもよかったという思いでした。重要なのは、もう二度と彼に会えないということです。

夕食は、ほとんどのどを通りませんでした。泣きもしましたし、心の状態もまともなものではありませんでした。ただ、早く普通の感情に戻りたいと思いました。それができないことは分かっていましたが、無理にテレビを見たり、自称プログラマとしてプログラミングをしてみたりしているうちに少し落ち着いた気がして、夜遅く、ようやく寝付くことができました。

04/11/13

朝から気分はうつ状態です。自分の顔に表情が無いことを自覚できました。ときどき、どうしようもない感情がこみ上げてきて苦しいこともありました。朝食、昼食は食べることができませんでした。今日もテレビを見て気分を紛らわそうとしますが一向にまぎれません。プログラミングもできませんでした。

午後、一旦はこのページを作ろうとしましたができませんでした。心のよりどころを求めて「ペットロス」というキーワードでインターネットを検索し、いくつかのページを回ってみました。ペットロスについては以前から知っていましたし、今の自分がそういった状態であることも自覚していました。しかし改めてそれらのページで今の自分の状態が異常ではないことを知ると、勝手に涙があふれてきました。しばしば茶亜のしぐさや行動を思い出すとさらに涙があふれました。

夕食、茶亜がいません。私のところでは、ご飯などをあげていました(後日追記:今ではそのようなことはありません)。食事になると、テーブルの上をあるって茶碗の中を覗き込んでご飯をねだるのでした。もうその姿を見ることができない、そう思うと猛烈に悲しくなってまた涙があふれてきました。

食後、相変わらず憂鬱でしたが、多少、心に変化があったように思います。夕食のときの涙で「もう会うことができない」という事実を受け入れたのかもしれません。だからといって、すべての心の整理がついたわけではありません。一旦はベッドに入りましたが眠れません。起きだして昼間あきらめたこのページをもう一度書いてみようと思い、書き始め、今日はここまで書くことができました。やはり心に変化があったのでしょうか。意外と早く正常な状態に戻るかもしれません。

04/11/14

昨日の夜はだいぶ良くなった気がしたのですが、朝起きるとやはり心が晴れません。とりあえず、もう一度ペットロスのページを回ってみると、また涙があふれてきました。そんなさなか見つけたのがあるオカメインコの自慢サイトです。オカメインコには前々から興味があったので、しばらくこのサイトを見て、やはりいいなと思いました。心の整理がついたらオカメインコを迎えようかと考えていたところで母が帰宅し、昼食です。日曜日、母は一駅となりの中核駅周辺で買い物などをするのですが、やはりそこでオカメインコの本を見てきたとのこと。自然と会話はオカメインコのことにりました。そこで、今すぐどうこうというわけではないけれど、実物を見に行こうということになり、午後は母とオカメインコをおいているホームセンターへ行くことになりました。

ホームセンターにはヒナを卒業するかしないかぐらいの幼鳥がいました。お店の方もかなり詳しくていろいろと話を聞くことができ、次第に「すぐにでも飼いたい」という気になってきました。茶亜に申し訳ない気持ちもありましたが、茶亜の死とは別に私には鳥のいる生活が必要なのだと思いました。言い訳に聞こえるかもしれませんが、私の主義は一羽飼いです。もし複数飼っているひとなら、いきなり鳥のいない生活に陥ることはありません。それを考えると、決して理不尽な要求ではないと思うのです。とりあえず他の家族、父と弟にも相談しようということで、もし了解が得られたら明日このコにしようというコを決めて今日は帰ることにしました。

弟はもともと新しいコを迎えるのに好意的だったので問題ありませんでした。夕方、父に電話してみると父も了解してくれました。これで明日、あのコを迎えにいけます。

夜は明日来るであろうコのことと、茶亜のことを思い出しながら昼間見つけたオカメインコのサイトを熟読しました。明日来るコのことを思うと心が弾みましたが、茶亜と重ね合わせると悲しい気持ちになるときもありました。ですが、そこのサイトのコが迎えられたのも11/15だそうです。明日もちょうど11/15。運命的なものを感じずにはいられません。「これはきっと茶亜からの最後で最大の贈り物なのだ」と思うようになりました。

オカメインコのサイトを一通り見終わってベッドに入ったのですが、私が昼寝している間に茶亜が周りをなつっこくまとわりついている様子が頭から離れません。もう「悲しい」という感情はさほどありませんが、なんだか落ち着かず、また起きだして明日書くはずだったこの記事の今日の分を書きました。

04/11/15

朝は新しいコのことが気になって早く起きました。名前を考えたり、迎えてきた最初の数日のことを考えたりすると心が弾みます。が、一瞬、茶亜を迎えたたきのことがダブると悲しみがこみ上げてきます。それでもやはり新しい出会いへの期待が大きいです。ここにきて「茶亜は茶亜、新しいコが来たからといって彼を失った悲しみがすぐに癒えるわけではないし、ましてや忘れることも無い。でも私を待ってくれている新しい命があるはずだ。そのコとの生活もまた貴重なものとなるだろう」と心の整理がつきました。

茶亜のところへ行って「新しいコ、迎えに言ってくるね」と声をかけて出発し、昨日のホームセンターに到着。もちろん、朝一です。昨日のコもまだいたので早速迎えることに。あいかわらず店の人はとても感じのいい方で、いろいろと教えてくれました。

朝から新しいコの名前を考えていたのですが、帰りのバスの中でようやく決まりました。名前は「チョコ」。まだ性別が分からないので中性的な名前にしなければいけなかったのと、何か「茶亜」と関連するような名前にしたかったからというのが大まかな理由です。家族からはそのまま「茶亜」にしようという案も出ましたが、それは私にはできませんでした。そこで茶亜のあだ名のひとつ「チャコ」からとって「チョコ」。オカメは甘えん坊さんが多いということもあるので「チョコレート(甘い)」と掛けてぴったりだと思います。

チョコがきた最初の一日目。人に良く慣れていて、最初のうちはさすがに警戒してキョロキョロし、昼の餌もあまり食べてくれなかったのですが怯えているというふうではなく、夕方にはおおむねなれてかごから出してほしそうにしていました。夕方の餌はいっぱい食べてくれ、外に出ていても人間にべったりです。いいコを迎えることができたようで、とてもよかったと思います。ですがチョコのいないところで思い浮かべる姿は依然として茶亜です。やはり私にとって茶亜の死とインコと生活するということは別問題なのだと思います。

04/11/19

【一週間たって】

茶亜がいなくなって一週間がたちました。振り返ってみると最初の三日間は時間がとてつもなく長く感じられました。この一週間がまるで一ヶ月ぐらいだったかなような気持ちです。相変わらず頻繁に茶亜の姿を思い浮かべ、まだ心に穴が開いたような気持ちはぬぐえません。ですが、今は茶亜のくれたプレゼント、チョコを大事に育てて生きたいと思えるようになっています。

【心の整理】

今回、茶亜がいなくなって私はいてもたってもいられなくなり、茶亜の死を積極的に受け入れるよう努力しました。ペットロスに関するページや、鳥さんと生活されている方のページを見たり、こういった文章を書けばつらくなるのは分かっていましたが、あえてそれらを行いました。もしこういったことをしなければ未だにむなしい日々の中にいて、チョコとの出会いも無かったでしょう。ある意味、荒療治だったのかもしれません。ですがそれにより自分でも驚くほどの早さで正常な状態に戻ることができたのだと思います。心の整理のつけ方は人それぞれだと思いますが、もし皆さんの参考になれば幸いです。

【周りで苦しんでいる方がいたら】

あなたはこの文章を読んで私を「女々しいやつだなぁ」と思われるかもしれません。ですがこれは本当に大変なことなのです。もしご存じなければ、「ペットロス」というキーワードで検索してみてください。あなたの周りにも同じように苦しんでいる人がいるかもしれません。もしそういう方がいたら、「たかがペット」などという考えで安易な慰めの言葉を掛けるのは避けてください。本当につらい思いをしているのです。どのように接すればよいか、どうか慎重に考えてあげてください。

--- 茶亜の安らかな眠りを祈って 2004/11/20 ---

04/12/13

茶亜がいなくなって一ヶ月がたちました。もう完全に心の整理はついた、そう思って先日、茶亜のことをいろいろ振り返ってみたのですが、仕草の一つ一つを思い出すたびに悲しさや寂しさとは違った何ともいえない感情がこみ上げてきました。茶亜がすっぽりと私の心に収まるまでもうしばらくかかりそうです。ですが今は茶亜のくれたプレゼント、チョコもいます。あとは時間に任せればよいでしょう。今までありがとう、茶亜。

05/01/11

些細なことかもしれませんが、茶亜が死んで携帯の待ち受け画面を茶亜の写真だったのをずっと未設定に戻していたのですが、今日、それをチョコの写真にしました。

05/05/12

今年も愛鳥週間がやってきました。思い返せば茶亜がやってきたのはちょうどこの時期(5月4日)でした。

本当に茶亜が私の心に収まってくれたのはごく最近のように思います。

いつの間にかチョコのいないところで思い浮かべるのが茶亜からチョコに変わっていました。しかし、チョコに何かあるたびに茶亜の死とダブらせてしまい、あまり正常ではない状態になることがしばしばありました。例えば、羽の形が少し変だと分かるとPBFDではないかと疑ってみたり(結局、クリップの仕方がよくなかったのが原因でした)、ペレットをなかなか食べてくれず「このコはどうなってしまうんだろう」と途方にくれたり。

そういったこともごく最近では客観的で冷静に見る事ができるようになりました。これからはチョコも私も心健やかに暮らしていけるよう、がんばっていこうと思います。

05/11/12

茶亜が死んでちょうど一年です。時々思うのは、やはり茶亜は茶亜だしチョコはチョコ、チョコは茶亜の代わりではないのだ、ということです。ボタンインコとオカメインコじゃ性格が違いすぎるというのもありますが、それを差し引いても茶亜は茶亜でしたし、チョコはチョコなのです。

茶亜の死で私は開眼させられました。必死に飼養管理について知識を増やし、反省し、少しでもチョコの良いパートナーになれるよう頑張るとともに、まだコンパニオンバードについてあまり詳しくない人に微力ながらアドバイスしています。もはやコンパニオンバードのいない生活など考えられない私にとって、それが茶亜や他の先に天へ還っていったコたちへの罪滅ぼしになればと思います。