まずはじめに、私は鳥さんが好きなのです。特にインコが大好きです。すでにご存知のとおり、今は手乗りのインコと暮らしています。
さて、もともと私は犬も猫も好きでした。が、小学生中学年のころから飼っているのはずっと鳥さんです (*1) 。もともとは住環境という制約のためでしたが、今では鳥さん以外と暮らしたいとは思いません。
ではなぜそうまで鳥さんに魅入られてしまったのか、犬や猫と比べて考えてみたいと思います。
主従関係を重視します。人間に飼われていれば人間は主人であり、自分はそれに付き従います。一種の忠誠心みたいなものがあるかもしれません。
よく言われるのは「家になつく」ということでしょうか。つまり、人間ではなく餌を与えてくれる家になつくのです。ですから、こっちの家では「ミーコ」と呼ばれ、あっちの家では「みゃーコ」と呼ばれていた、なんて放浪生活もよく聞きます。猫は飼い主に対する忠誠心というものが希薄であり、忠誠心をささげる対象は多くの場合、餌なのです。
鳥さんと暮らしていると、生き様や人間に対する接し方が犬の主従関係や猫の餌になつくといったようなものとは別のものであることに気がつきます。
確かに、手乗りにするために雛から育てる場合、慣れさせる目的で餌を使います。ですが成鳥になったあとは、餌は不要です。彼らは必要なら自分で奪い取ります (*2) 。この様子だけ見ると猫と同じようにも思えますが、しかし、人間に対する接し方は大変なつっこく、かといって犬の主従関係とも違います。そう、まるで人間のように振舞うのです。
鳥類には最初に見たものを親だと思うという習性があり、これを
例えば、人間が怒ればシュンとしておとなしくなってしまいますが、しばらくすると人間の機嫌を伺うようにおずおずとやってきて、もう怒っていないとわかればいつもどおりに戻ります。反対に、人間が彼らの気に入らないことをしようものなら、最初は軽く噛んで警告し、それでもやめなければものすごい剣幕で噛み付いてきます。それでもしばらくすればまた仲直りできます。
そうこうしているうちに、人間と鳥さんの関係は友人関係(あるいは恋人関係、親子関係)であることに気付かされます。鳥さんは犬のような主従関係でも、猫のような餌になつくのでもなく、人間の友人となりうるのです。
また、鳥好きな人たちはみな彼らを鳥さんとさんづけして呼ぶことに違和感を覚えませんが、犬好きの人でも犬さんとはあまり言わないではないでしょうか。
このように、鳥さんは人間の友人となりうる存在であり、それが最大の魅力ではないでしょうか。手乗りの鳥さんと暮らすことは大変な部分も多いのですが、彼らと友人になれることはそれを上回る喜びなのです。そんなこんなで、私は鳥さんに魅了されてしまいました。